東京新聞の記事より

2014年11月21日 12:29

<キラリ人生>夫婦で復帰のハーモニー 音楽演奏グループを結成

クラリネットを吹く妻の妙子さん(右)とともに、キーボードを弾く迫田精一さん=千葉県白井市で

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 どこか懐かしいキーボードの音が、高齢者マンションの一室を満たす。迫田精一さん(84)=千葉県白井市=の弾く昭和歌謡「女ひとり」のメロディー。隣でクラリネットを吹く妻の妙子(みょうこ)さん(68)が「主人は練習しなくてもすぐ弾けちゃう」と言うと、精一さんは「自分で編曲しているからね」とほほ笑んだ。

 迫田さん夫妻は八年前に東京から移り住み、五年前に演奏グループ「ユーカリアンサンブル」を結成。他にフルート奏者一人とバイオリン奏者二人がいて、県内の福祉施設やイベントなどで演奏している。先月はマンション内のホールで演奏会を開催。約六十人が、童謡や懐かしい歌のアレンジ曲に耳を傾けた。

 「あのコンサートは、主人の再デビューだったんです」と妙子さん。精一さんは前はアコーディオンを弾いていたが、今年五月に心臓ペースメーカーの埋め込み手術を受け、重さ十一キロのアコーディオンを持つことも、左手を強く動かすこともできなくなった。

 退院後は車いす生活だったが、精一さんはインターネットで調べて「一番アコーディオンに近い音が出せる」と、電子オルガンの一種「ハモンドオルガン」シリーズのキーボードを取り寄せた。「音楽が回復の助けになっていた」と妙子さん。一時は自室さえ出られなかったが、一カ月後にはつえをついて歩けるようになり、復帰後の初ステージも無事こなした。

 九州で生まれ育った精一さん。子どものころは父親の蓄音機が奏でるクラシック音楽に親しんだが、戦時中だったため、楽器はハーモニカをこっそり吹くくらい。師範学校を出て社会科の教員になり、初めて学校にあった子ども用アコーディオンを弾いた。

 翌年東京に移り、音楽の授業に力を入れるように。児童合唱を指導し、NHKの学校放送の構成や、レコード会社の学校向けレコードの企画も担当。だが五十一歳でカメラマンに転身。六十歳で辞めた後はテニスとパソコンに明け暮れ、音楽から遠ざかっていた。

 妙子さんの定年退職を機に「二人でできるものを」と音楽を再開し、三年後にユーカリアンサンブルをつくった。精一さんは、グループでの演奏を「和音が増えて音が膨らみ、曲が良くなる」と説明する。

 「音楽は生活の一部。手術後も辞めようとは思わなかった」と精一さん。妙子さんは「音楽のおかげで地域デビューも果たせた」と笑う。演奏会の予定は来春まで決まっており、編曲や練習に励む日々が続く。 (竹上順子)

 

※以上11月19日付東京新聞生活面に掲載された記事ですが、これはWeb版より転載いたしました